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福岡高等裁判所 平成3年(ネ)622号 判決

控訴人

株式会社トウアコンサルタンツ(旧商号株式会社東亜コンサルタンツ)

右代表者代表取締役

天ケ瀬和人

右訴訟代理人弁護士

大原圭次郎

古海輝雄

最所憲治

上田英友

被控訴人

岩崎純一

岩崎芳光

川合修子

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

髙橋隆

主文

本件控訴を棄却する。

当審における予備的請求に基づき、被控訴人らは控訴人に対し、各自金二九五六万一一八六円及びこれに対する平成二年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の当審における予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ一〇分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

一控訴人は、「1(主位的請求)原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し、各自原判決別紙物件目録一ないし四記載の各土地(以下「本件各土地」という。)の共有持分各三分の一について、平成元年一〇月二〇日売買を原因とする持分移転登記手続をせよ。被控訴人らは、控訴人に対し、本件各土地を引き渡せ。2(当審における予備的請求)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金七六五三万〇一五六円及びこれに対する平成二年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに2、3項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、「1本件控訴を棄却する。2当審における予備的請求を棄却する。3控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二当事者間に争いのない事実と争点は、当審における予備的請求についての控訴人の主張及びこれに対する被控訴人らの認否、反論を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

(予備的請求についての控訴人の主張)

1  仮に、本件売買契約の成立が認められないとしても、本件売買契約は代金額等その重要な部分の総てにわたって事実上の合意が成立し、しかも、被控訴人らによって保証書による登記申請行為までなされていたのであるから、被控訴人らが正当な理由もなく、本件売買契約の成立を妨げた以上、被控訴人らには、契約準備段階における信義則上の注意義務違反による損害賠償責任がある。

2  控訴人は、本件売買契約の交渉経緯から、本件契約が成立するのは間違いないと思い、その代金支払いのための資金を金融機関から借入れていたが、本件契約が不成立となったことにより、右借入に伴う利息等の支払いを余儀なくされ、次のとおり合計七六五三万〇一五六円の損害を被った。

(一) 国内信販借入手数料

二二〇〇万〇〇〇〇円

四四億円に対する0.5パーセントの割合による。

本件の場合、購入資金が多額であり、容易に調達できる金額ではない。したがって、借りる側としては予めいつでも用意できる準備をしておかなければならない。他方、調達する金融機関においても、多額の資金を拘束することは負担であり、拘束の代償を求める必要がある。こうした要請に基づき、本件のような事例においては、控訴人において借りる権利(返済する義務)、契約日からの利息・手数料等を負担すべき義務の成立を認める必要がある。すなわち、控訴人と国内信販との平成元年一〇月二〇日付契約は、右のような諾成的消費貸借と考えるべきである。したがって、控訴人は、国内信販に対し諾成的消費貸借契約により利息・手数料等を支払う義務を負担したのであり、これは、被控訴人らの不法行為(契約締結上の過失)に基づく損害というべく、被控訴人らはこれを賠償する義務がある。

被控訴人らは、借入手数料を特別損害と主張する。しかし、土地購入についてその資金をノンバンクである信販会社から借り入れることは世上頻繁に行われていることであり、また、信販会社からの借入れにおいて手数料が取られることは常識である。しかも、遊戯場を経営し、不動産等多くの資産を有し、不動産売買の経験も豊富な被控訴人らが、このようなことを知らない筈がないから、国内信販からの借入手数料は、通常損害か、仮に特別損害であるとしても、被控訴人らがこれを予見しえたことは明白である。

また、被控訴人らは、借入手数料が実質金利であることから、これを日割計算すべきであると主張するが、借入手数料は日割で徴収されるのではなく、借入時に一括徴収され、後に返還されることはないのであるから、現実的に控訴人が被った損害額は、借入手数料の全額というべきである。

(二) 同公正証書作成費用

一〇七万一六〇〇円

(三) 同収入印紙代

四〇万〇〇〇〇円

(四) 国内信販支払利息

五二九四万四六五六円

四四億円に対する平成元年一〇月二〇日から同年一二月一九日まで年7.2パーセントの割合による。

被控訴人らは、一日のみの利息を計上すればよいと主張する。しかし、被控訴人ら主張のように、一日で借入金を返済しようとすれば、〈書証番号略〉の本件諾成消費貸借契約書第九条の繰上弁済の規定が適用され、控訴人は国内信販に対し、四四億円の二パーセントに相当する八八〇〇万円の支払いをせねばならなくなり、この方が二箇月分の金利を支払うより割高となるのである。

(五) 司法書士登記手数料

一一万三九〇〇円

3  よって、控訴人は被控訴人らに対し、予備的に、不法行為に基づく損害賠償として、前記の金員の支払い及び不法行為後の日であることが明らかな平成二年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(予備的請求についての被控訴人らの認否、反論)

1  予備的請求についての控訴人の主張1は争う。

2  同2は不知。

(一) 国内信販借入手数料について

被控訴人らは、控訴人が通常の市中銀行からではなく、ノンバンクである信販会社から、利息以外に借入手数料二二〇〇万円まで負担して融資を受けることは全く知らなかったし、その様な手数料付のノンバンクからの融資を受けることは予見できなかった。したがって、国内信販借入手数料は、特別事情による損害であって、被控訴人らは賠償責任を負わない。

仮に、右手数料が特別事情による損害ではないとしても、右手数料は実質的には利息である(利息制限法三条)。したがって、融資額四四億円、融資期間六年に対する手数料名目の利息天引額二二〇〇万円であるから、年利0.083パーセントとして算定すべきである。

(二) 利息について

被控訴人らは控訴人に対し、平成元年一〇月二〇日、本件各土地を売らない旨伝えているので、被控訴人らの意思が同日に明確になっている。その後においても借入を継続したのは、控訴人の思惑による自己責任の問題である。したがって、利息としての損害が仮にあったとしても、被控訴人らが負担すべきものは、売買代金額三九億五六四〇万円に相当する額の年利7.2パーセントにおける一日分の利息のみである。

三証拠関係〈省略〉

四争点に対する判断

1  本件売買契約の成否について

(一)  前記引用の争いのない事実、証拠(〈書証番号等略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、不動産取引、同開発コンサルタント業務等を目的とする株式会社であるが、平成元年八月ころ、仲介を依頼していた東明開発株式会社(東明開発)からの指示で行動していた有限会社新興不動産(新興不動産)を通じて、被控訴人純一の仲介業者であるエムスリー開発株式会社(エムスリー開発)が坪当たり三〇〇万円、総額三九億六〇〇〇万円で売りに出していた本件各土地を知り、本件各土地について、エムスリー開発に対し、買い入れを申し込んだ。控訴人とエムスリー開発との交渉では、売買代金額のほかは問題はなかった。すなわち、控訴人の希望価額は坪当たり二五〇万円ないし二六〇万円であったが、控訴人はエムスリー開発の坪当たり三〇〇万円を受け入れることにした。なお、控訴人の本件各土地の購入目的は、本件各土地上に健康の維持、管理を目的とするメディカルスポーツセンターを建設しようとするものである。

(2) そこで、売買価格坪当たり三〇〇万円、総額三九億六〇〇〇万円とする、控訴人は平成元年九月七日付「不動産売渡に対する請書」(〈書証番号略〉)を、エムスリー開発は同年九月二三日付「不動産買受け申込みに対する請書」(〈書証番号略〉)を出した。その後、エムスリー開発の石村元嗣社長(石村社長)から、売買代金額は坪当たり二八〇万円とし、坪当たり二〇万円は、エムスリー開発の企画料(コンサルタント料)として欲しい旨の申し入れがあり、控訴人はこれを了承した。その後、控訴人及び被控訴人らは、売買代金額は坪当たり二八〇万円(一平方メートル当たり八四万八四八五円)として、平成元年九月二五日付で福岡市長に対し国土利用計画法二三条による届出(〈書証番号略〉)をし、平成元年一〇月一一日、福岡市長から不勧告通知書(〈書証番号略〉)を受け取った。

(3) その後、エムスリー開発と控訴人の仲介業者との間で交渉を重ねた結果、平成元年一〇月一五日ころ、両者間で、売買の決済日を同年一〇月二〇日午前一一時、場所を株式会社富士銀行福岡支店(〈住所略〉所在) においてすることとし、売買代金及び企画料(コンサルタント料)の一括支払いと本件各土地についての所有権(共有持分)移転登記手続、及び株式会社西日本相互銀行(現西日本銀行)を権利者とする元本極度額一億八〇〇〇万円の根抵当権設定登記・富士銀行を権利者とする極度額三〇億円の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をも同時に行う、これら総ての決済と同時に売買契約書を作成することを確認した。その際に、確認した売買代金は、売買代金として坪当たり二八〇万円、総額三六億九二六四万円、エムスリー開発に対する企画料(コンサルタント料、〈書証番号略〉)として、坪当たり二〇万円、総額二億六三七六万円であり、総合計三九億五六四〇万円を控訴人が被控訴人らに支払うというものであった。なお、右根抵当権設定登記抹消登記手続及び所有権(共有持分)移転登記手続は、控訴人の依頼した竹下純一司法書士が処理することになった。

そして、同月一八日ころ、控訴人は、エムスリー開発の石村社長から、売買代金等を用途別に区分して金額を分けるよう指示を受け、後記控訴人が融資を受ける国内信販株式会社(国内信販)をして、指示どおりの西日本銀行分の一億八〇〇〇万円(〈書証番号略〉)、富士銀行分の三〇億円(〈書証番号略〉)、売主分の五億一二六四万円(〈書証番号略〉)、エムスリー開発分の二億六三七六万円(〈書証番号略〉)の各小切手を用意させることとなった。

(4) 平成元年一〇月一九日になって、被控訴人らは、本件各土地の権利証がないことに気付き、その連絡を受けたエムスリー開発の石村社長、新興不動産の福本政雄社長(福本社長)、東明開発の川東多一郎、控訴人の天ケ瀬社長、控訴人の髙橋英二取締役の五人で協議し、保証書をもって登記することとしたが、控訴人は、エムスリー開発の石村社長の希望で、一〇月二〇日に代金を支払うことを承知し、その際、本件各土地に抵当権を設定する(抵当権設定手続は、氷室司法書士に依頼された。)ことを条件とし、エムスリー開発の石村社長の了解を得た。

なお、同年一〇月一九日に、被控訴人芳光、同修子が、翌二〇日の富士銀行福岡支店における決済手続には出席できないことが分かったので、控訴人側の要求で、天ケ瀬社長、竹下司法書士らが、翌二〇日の午前一〇時に、ホテルクリオコート(〈住所略〉所在)で右被控訴人両名と会って売買の意思を確認し、右被控訴人両名は、同所で関係書類に署名押印しておくこととなった。その際、富士銀行での決済時間までに間がないので、国内信販の関係者にも、小切手及び必要書類を準備して、ホテルクリオコートに来てもらうこととなった。

(5) 平成元年一〇月二〇日午前一〇時ころ、ホテルクリオコート三階ロビー(喫茶室)には、控訴人の天ケ瀬社長、竹下司法書士、新興不動産の福本社長、被控訴人芳光、同修子のほか、指定どおりの金額に分けた株式会社福岡銀行博多駅前支店長振出の四通の小切手を持参した国内信販の担当者及び抵当権設定のため国内信販に依頼された氷室司法書士が出席した。そこで、氷室司法書士は、被控訴人芳光、同修子に対し、本件各土地に抵当権(被担保債権額四四億円)を設定する必要があることを説明した。右被控訴人両名は、被控訴人純一が承知していることであると思い、抵当権設定の契約書と委任状に署名押印した。その後、その場に遅れて来た被控訴人純一は、控訴人から売買代金提供前に抵当権設定の契約書と委任状に署名押印を求められたので、弁護士に電話で相談をし、担保提供することは保証人となる可能性があると弁護士が言うので署名押印できないとの理由で、抵当権設定契約書及びそのための委任状への署名押印を断り、保証書による所有権移転登記手続完了時に代金決済をするとの申し出をした。控訴人は、この申し出に対し、本日代金を支払わないのであれば異存はなく、これを了承した。そして、被控訴人純一は、控訴人の了解を得て、その場で被控訴人芳光、同修子が署名押印した抵当権設定契約書等を破棄した。そこで、同日は、代金の支払いと抵当権設定はされないことになり、国内信販の担当者及び氷室司法書士はその場を退席した。

その後、控訴人の天ケ瀬社長及び遅れて来た髙橋取締役、被控訴人らは、席を三階の会議室に移してその後の手続について協議を進めた。そして、本件の売買は、保証書による所有権移転登記申請をし、保証書による登記の場合に法務局から売主である被控訴人らに送付される登記申請の間違いなきことの申出書(確認申出書)の交付と代金の支払いとを同時にすることにし、確認申出書の葉書が同年一〇月二三日に届くとみて、代金決済日を同月二四日とした。そこで、被控訴人らは、竹下司法書士が準備した持分移転登記用の委任状(〈書証番号略〉)に署名押印した。また、その際、本件各土地上の既に滅失したが滅失登記がなされていない建物について、被控訴人側で建物の滅失証明書を用意し、確認申出書の葉書の到着の前後で被控訴人ら又は控訴人において滅失登記の申請をすることにした。更に、本件各土地上の未登記のテニスコート用の倉庫、シャワー・トイレ用の建物を本件売買物件に含めることを合意した。

(6) 竹下司法書士は、同日中に、前記委任状を使用して、本件各土地について、同日付売買を原因とする所有権移転登記(共有者全員持分全部移転登記、〈書証番号略〉)の申請をし、同日、登記申請に対する報酬として一一万三九〇〇円を控訴人から受領した(〈書証番号略〉)。平成元年一〇月二三日ころ、法務局から被控訴人らに対し、確認申出書の葉書が届いた。控訴人の天ケ瀬社長は、東明開発の川東を通じ、被控訴人芳光、同修子には同月二三日に右葉書が着いたこと、被控訴人純一は出張中で分からないが、着いている筈だとの連絡を受け、予定どおり一〇月二四日の午後一時に富士銀行で決済する旨東明開発を通じて被控訴人らに連絡した。

(7) ところが、平成元年一〇月二四日午前一〇時すぎころ、エムスリー開発の石村社長、新興不動産の福本社長、東明開発の川東が青い顔をして控訴人会社に来て、被控訴人純一が本件売買を白紙に戻したいと言っている旨伝えた。そこで、控訴人の天ケ瀬社長は、エムスリー開発の石村社長に対し、理由を問いただすとともに、予定どおり実行するように被控訴人純一に話してもらうよう要求した。石村社長は、被控訴人純一にもう一度話してみるということで帰った。その後、竹下司法書士からは、建物の滅失の書類がそろったとの電話が天ケ瀬社長まであった。その後、同日昼すぎころ、石村社長から電話があり、被控訴人純一の気持ちは変わらない、自分はこの件から手を引くと連絡してきた。翌日、天ケ瀬社長は、被控訴人純一に電話をかけたが、被控訴人純一は会議中とのことであったので、後で自分に連絡してもらうよう伝言を頼んだ。その後、天ケ瀬社長の留守中に控訴人会社に被控訴人純一から、「どういう用件で電話をしたのか。石村が電話を昼過ぎする。」との内容の電話があったが、その後は電話は無かった。そこで、控訴人は、平生元年一〇月二五日、本件各土地について処分禁止の仮処分申請をし、そのころ同仮処分決定がなされた。

なお、被控訴人らは、不動産登記法四四条の二第二項所定の三週間内に登記申請の間違いなきことの申出をしなかったので、福岡法務局は、平成元年一二月一日本件各土地についての前記所有権移転登記申請を却下した(〈書証番号略〉)。

(8) 一方、控訴人は、本件各土地を購入するための資金繰りのため、平成元年春ころから、国内信販に融資申込みをしていたが、同年八月には、事業計画書を提出し、同年一〇月一九日、融資金額四四億円、融資実行日同年一〇月二〇日、利息年7.2パーセントとする融資実行依頼書(〈書証番号略〉)を国内信販に提出した。そして、控訴人と国内信販との間に、融資金額四四億円、返済期日平成七年一〇月三〇日、利率年7.2パーセント、国内信販の取扱手数料0.5パーセントの二二〇〇万円、金銭消費貸借契約証書に貼付する収入印紙代四〇万円、公正証書作成費用一〇七万一六〇〇円、四四億円に対する平成元年一〇月二〇日から平成二年四月三〇日までの六箇月分の年7.2パーセントの割合による利息一億六七五一万三四二二円等とし、右取扱手数料等は融資金額の四四億円から差し引く旨の合意が成立した。国内信販は、右合意に基づき、主取引銀行である株式会社福岡銀行の博多駅前支店から資金を調達することとし、同支店と打合せ、融資実行日の平成元年一〇月二〇日までに国内信販の当座預金口座に振り込んでもらった。そして、国内信販は、平成元年一〇月二〇日、控訴人の指示どおりに、前記四通の小切手を含め福岡銀行博多駅前支店長振出の一〇通の小切手(〈書証番号略〉)を前記ホテルクリオコートに持参した。そして、控訴人と国内信販との間の金銭消費貸借契約証書(〈書証番号略〉)は平成元年一〇月二〇日に作成され、四〇万円の収入印紙が貼付されて消印され、また、債務承認並びに弁済契約公正証書(〈書証番号略〉)は同年一二月一二日に作成された。平成元年一〇月二〇日の融資実行日には、売買代金の決済がなされないことになったので、控訴人の要望により、国内信販は、所有権移転登記手続に関する費用相当分の一八二〇万七六〇〇円(登記免許税分、〈書証番号略〉)及び一一万五九〇〇円(司法書士登記手数料分、〈書証番号略〉)の二通の小切手のみを控訴人に渡し、その他の八通の小切手は、保管しておいて欲しいとの控訴人の要望で会社に持ち帰った。その後、不動産仮処分決定(保証金一億三〇〇〇万円は右小切手中から控訴人が借受けた。)等の経緯を経て、本件訴訟が長期化するかも知れないおそれがあり、控訴人の要望で、右融資金の一部及び戻し利息分四一億六九二〇万円が平成元年一二月一九日に国内信販に返済された(〈書証番号略〉)。前記金銭消費貸借契約においては、債務者が繰上返済する場合、返済額の二パーセントの範囲内の割合で違約金を支払う旨の合意があり、国内信販は控訴人に対し、返済額の一パーセントの割合の違約金の支払いを請求しているが、本件訴訟が係属中なので、最終的にどうするがは両者間で後日協議することになった。いわゆるノンバンクは、融資をする場合、融資額の一ないし三パーセントの取扱手数料を取るのが通常である。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人石村、同福本、当審証人小泉の各証言、原審被控訴人純一、同修子の各供述は、採用できない。

(二)  前記(一)に認定した事実によれば、控訴人と被控訴人らは、本件各土地についての売買契約を締結するべく、その仲介業者らを介して準備を整え、売買物件、売買代金等売買契約のための重要な事項についての合意が成立していたと言うことができるが、結局は、売買物件である本件各土地の所有権移転登記と代金の支払いとを平成元年一〇月二〇日に一括決済することとしたのであるから、この段階では、右の一括決済時に売買契約が成立し、同時に履行もなされる予定であったと解される。ところが、平成元年一〇月一九日になって、本件各土地の権利証がないことが分かった時点で、被控訴人らの仲介業者と控訴人との間で保証書による所有権移転登記申請と担保設定による代金先払いが一応約束されたが、平成元年一〇月二〇日のホテルクリオコートにおいて、売主の被控訴人ら本人の反対で、同日の保証書による所有権移転登記申請と担保設定による代金先払いは合意に至らず、同年一〇月二四日に改めて、保証書による所有権移転登記手続の際に売主に送付される確認申出書と代金支払いとを引換えに履行することとなったが、同年一〇月二四日になって、被控訴人純一が石村社長を通じ右の履行の拒否を伝えた経緯からすると、本件は、あくまでも、所有権移転登記手続と代金支払いとの一括決済によって売買契約を成立させ履行も終了させる合意の形成過程にあったというべきである。したがって、本件では、結局、被控訴人らの拒否により、売買契約の成立には至らなかったというべきである。

(三)  控訴人は、本件における保証書による所有権移転登記申請がなされたことは、契約に基づく債務の履行行為そのものであり、契約は成立している旨主張するが、右申請のみでは所有権移転登記申請が受付けられたことにはならず、登記義務者の確認申出書の提出により申請が受付けられたとみなされる(不動産登記法四四条、四四条の二)のであるから、右申請行為を直ちに債務の履行行為とみることはできず、前記のとおり、本件においては、未だ売買契約は成立していないというべきである。

(四)  したがって、本件売買契約が成立したことを前提とする控訴人の共有持分権移転登記手続請求及び本件各土地の引渡し請求は、いずれも理由がない。

2  当審における予備的請求について

(一) 前記1(一)に認定した事実によれば、売買契約は成立するには至っていなかったが、その過程には、次のような事実が存在する。すなわち、(1)売買物件が本件各土地であること、その売買代金が坪当たり三〇〇万円であること、それを売買代金は坪当たり二八〇万円とし、坪当たり二〇万円は仲介業者のコンサルタント料名目とすること、売買代金(右コンサルタント料を含む。以下同じ。)と所有権移転登記とを平成元年一〇月二〇日(当初)に一括決済すること等、契約の重要な部分についての合意が成立していたこと、(2)その過程において、控訴人は不動産売渡に対する請書を、被控訴人純一の仲介業者は不動産買受け申込みに対する請書をそれぞれ作成し、当事者双方で国土利用計画法二三条による届出をし、控訴人においては、売買代金支払いのため国内信販と融資契約をして、被控訴人側の指示どおりに国内信販に用途別に区分した小切手を用意させて、決済場所に持参させていたこと、(3)当初の決済日前日になって、被控訴人らが本件各土地の権利証がないことに気付いたこと、そこで、控訴人と被控訴人側の仲介業者との間で、保証書による所有権移転登記手続をし、控訴人は売買代金を予定どおり当初の決済日に支払うが、売買代金保全のため本件各土地に抵当権を設定することを了解していたところ、当日になって、被控訴人純一は、弁護士に相談し、担保提供することは保証人となる可能性があると弁護士が言うので署名押印できないとの理由で、抵当権設定契約書及びそのための委任状への署名押印を断ったこと、しかし、被控訴人らとしては、売買代金を全額受領するのであるから、売主としての権利はすべて満足され、本件各土地についての抵当権設定により何ら不利益は被らないと思われるのに、抵当権設定を断るのは不可解であること、(4)それはともかくとして、今度は、保証書により所有権移転登記申請をし、その場合の売主に法務局から送付される確認申出書の交付と売買代金支払いとを一括決済することとし、右決済日を確認申出書が売主に到着するであろう日の翌日と決め、持分移転登記申請用の委任状に被控訴人らの署名押印を得て、既に保証書による所有権移転登記申請をしたこと、その際には、本件各土地上の滅失した建物についての滅失登記手続、現存する倉庫等の所有権の帰属等についても話し合いをしたこと、第二回目の決済期日の午前中には、右滅失登記のための書類も控訴人に届けられたことは、前示のとおりである。

このような事実経過からすれば、控訴人としては、右交渉の結果に沿った契約の成立を期待し、そのための準備を進めることは当然であり、契約締結の準備がこのような段階にまで至った場合には、被控訴人らとしても控訴人の期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の注意義務があると解するのが相当である。被控訴人らが、正当な理由がなく控訴人との契約締結を拒否した場合には、控訴人に対する不法行為が成立するというべきである。そして、被控訴人らは、控訴人と予め定めた期日における契約の締結に応じなかったのであって、正当な理由についてこれを認めるに足りる証拠はない(被控訴人純一、同修子は、原審において、保証書による登記申請用の委任状に署名押印をしたことについて、司法書士から、権利証の代わりになる法務局からの葉書(確認申出書)だけでも作っておいた方が良いと言われたからである旨の供述をするが、司法書士が、控訴人と被控訴人らとの具体的取引を離れて、確認申出書が権利証の代わりになるとの趣旨の説明をする筈がなく、これを否定する原審証人竹下の供述に照らしても、右被控訴人両名の供述は採用できない。ひいては、平成元年一〇月二〇日に、本件売買契約はしない旨石村社長らを通じて、控訴人に連絡した旨の被控訴人純一の原審における供述も採用し難い。)。被控訴人らの右行為は、控訴人の有する契約締結の利益を侵害した点に違法があり、しかも、前記認定したところによれば、右違法行為について、被控訴人らに故意か少なくとも過失があったというべきである。したがって、被控訴人らは、右不法行為によって被った控訴人の損害を賠償すべきである。

(二)  そこで、控訴人の損害について検討する。

控訴人は、被控訴人らとの間で売買代金についての合意ができ、当初の代金決済日が決定した段階で、登記費用等の経費等も見込んで、ノンバンクである国内信販との間で、返済期日平成七年一〇月三〇日、利率年7.2パーセント、取扱手数料0.5パーセント、平成元年一〇月二〇日を融資実行日とする四四億円の融資を受け、その際、取扱手数料二二〇〇万円、公正証書作成費用一〇七万一六〇〇円、契約証書作成用収入印紙代四〇万円、六箇月分の利息一億六七五一万三四二二円等の天引前払いのうえで借り受ける契約をし、当初の代金決済日である平成元年一〇月二〇日に国内信販の担当者に小切手にして決済場所に持参させ、同日、代金決済方法の変更により保証書による所有権移転登記申請に必要な費用分を除き、国内信販の担当者に小切手を持ち帰る方法による保管を頼み、平成元年一二月一九日に至り、仮処分のための保証金分の借入れの残額はすべて国内信販に返済したこと、その際、前記取扱手数料等は天引き前払い計算されたことは前示のとおりである。右四四億円の小切手は、保証書による登記申請費用相当額及び仮処分のための保証金分を除き、国内信販から控訴人に交付されることはなかったことは前示のとおりであるから、控訴人と国内信販の間の本件融資契約は、小切手未交付分につき諾成消費貸借契約であると見るのが相当である。しかし、右契約により、国内信販は契約金額につき資金の拘束を受けるのであるから、これに対し、控訴人は取扱手数料、利息等の負担をする必要があり、これらの負担を定める控訴人と国内信販との契約部分は有効であると解すべきである。そうであれば、控訴人の負担した取扱手数料、利息等は、被控訴人らの右所為によって被った損害というべきである。

(三)  そこで、控訴人の右損害と被控訴人らの所為との相当因果関係の有無について判断する。

(1) 取扱手数料について

本件のように、極めて高額の不動産取引に当たっては、その資金を金融機関、それもノンバンクからの融資に依存することは通常予想されるところであり、その場合に、利息のほかに取扱手数料が支払われることが通常であることは、前示のとおりである。そうすると、本件の売買代金三九億五六四〇万円に対する0.5パーセントの取扱手数料金一九七八万二〇〇〇円について、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。被控訴人らは、右取扱手数料は実質金利であるから、日割計算すべきである旨主張するが、右取扱手数料は繰上げ返済した場合も返還されないものであり(当審証人小泉)、本件は、貸金請求をしているのではないから、利息制限法三条のみなし利息の規定があるからといって、取扱手数料についての控訴人の損害を日割計算すべきものとは解されない。被控訴人らの右主張は採用できない。

(2) 公正証書作成費用について

控訴人が、公正証書作成費用金一〇七万一六〇〇円を負担したことは前示のとおりである。ところで、前記事実によれば、本件売買は、平成元年一〇月二四日を決済日とし、同日売買契約が締結される予定であったところ、被控訴人純一の仲介業者により、同被控訴人が契約締結を白紙に戻す意思であることを決済日当日の朝控訴人に知らされたもので、控訴人は、被控訴人純一の真意を確かめるべく、あるいは、被控訴人純一に白紙撤回を翻意させるべく同人との直接の連絡をとるために努力していたとみることができる。そうであれば、本件が極めて高額の不動産取引であること、控訴人の本件各土地の購入目的等を考慮すると、被控訴人純一の契約締結拒否の意向の連絡があった平成元年一〇月二四日からなお相当の期間は、控訴人において、売買契約締結のために努力を重ねたとしてもやむをえなかったというべきである。したがって、この期間に生じた控訴人の損害についても、被控訴人らの信義則違反による不法行為と相当因果関係のある損害とみるべきであるが、その後については、控訴人の思惑によるものであって、被控訴人らの信義則違反による不法行為との相当因果関係は否定されるというべきである。そして、本件においては、右相当の期間は、前記の事情のもとでは、契約締結拒否の意向の連絡から少なくとも一週間、すなわち、平成元年一〇月三一日までとみるべきである。

ところで、本件公正証書が作成されたのが、平成元年一二月一二日であることは、前示のとおりである。そうすると、本件の公正証書作成費用は、本件不法行為と相当因果関係のある損害とはいえない。

(3) 収入印紙代について

控訴人が収入印紙代四〇万円を負担したことは、前示のとおりである。しかし、売買代金約三九億五〇〇〇万円を越える約四億五〇〇〇万円に対する収入印紙代一〇万円(印紙税法別表第一)は、本来控訴人において負担すべきものであるから、これを控除した三〇万円について、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(4) 利息について

控訴人が、国内信販に対し、四四億円に対する平成元年一〇月二〇日から同年一二月一九日までの年7.2パーセントの割合による利息を負担したことは前示のとおりである。右負担額のうち、本件売買代金三九億五六四〇万円に対する平成元年一〇月二〇日から同年一〇月三一日までの一二日間につき年7.2パーセントの割合による利息九三六万五二八六円については、前記(2)の理由により、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められるが、その後の利息については、相当因果関係のある損害とは認められない。なお、控訴人は、〈書証番号略〉の契約書第九条の繰上弁済による違約金の負担との対比において、二箇月分の利息の方が右違約金より少ないので、二箇月分の利息全額を本件の損害と認めるべきである旨の主張をするが、控訴人の右損害の請求は、利息負担による損害の請求であって、違約金負担による損害を請求するものではないから、採用できない。

(5) 司法書士登記手数料

控訴人が、平成元年一〇月二四日、竹下司法書士に対し、保証書による登記申請費用一一万三九〇〇円を支払ったことは、前示のとおりである。右費用は、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(6) よって、控訴人の予備的請求は、合計金二九五六万一一八六円及びこれに対する本件不法行為後である平成二年一月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当である。

五よって、本件各土地の売買契約の成立を前提とする控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における予備的請求は、主文第二項の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官緒賀恒雄 裁判官近藤敬夫 裁判官木下順太郎)

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